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映画とドーナツ

「ファインディング・ドリー」

投稿時間2016.07.19シェア数4

人生とは、選択の連続である。

受験や結婚といった一生に一度のイベントはもちろん、着る服を選んだり夕食のメニューに迷ったりと、ぼくたちは常に選択し続けている。

ステーキにするかお刺身にするか、シュークリームかサラダか……。
ぼくはその選択を間違ったがために、数年前とくらべてすっかり太ってしまった。

後悔先に立たず。走っても急勾配登り切れず。切れるのは息のみである。

しかし、この後悔があるからこそ、ぼくたちは正しい選択肢を見つけることができる。
余計な間食はもう二度としない、ジムに通って腹筋を割ってやろうと決断できるのだ。
もし、そういった決断や犯した失敗、自分が目指すべき目的をひとつ残らず記憶できなかったとしたら、ぼくたちは一体どうなってしまうだろう。

そんな風に“なんでもすぐ忘れちゃう”ナンヨウハギのドリーが活躍する映画「ファインディング・ドリー」を観てきたよ!

「ファインディング・ドリー」とは

あらすじ

カクレクマノミのニモの親友で、何でもすぐに忘れてしまうナンヨウハギのドリー。ある日とつぜん、忘れていた子供のころの思い出がよみがえり、ドリーの家族を探す感動の冒険が始まる。おっちょこちょいなドリーを心配したニモは、父親のマーリンと共に家族探しの旅へ同行する。

とってもかわいいベビードリー

映画はドリーが赤ちゃんだった場面から始まる。小さなころから忘れん坊だったドリーの自己紹介は、「わたしはドリー、なんでもすぐ忘れちゃうの」
両親からこれだけは忘れないようにと教えこまれた挨拶だ。

ぼくはもうこの一言だけで泣いちゃったよ!あまりにもかわいくて、健気で、きっとこれから大変な思いをするのだろうと想像しただけで目頭が熱くなる。たまらない。

彼女の両親は危険な場所へ行ってはだめだと歌でドリーに教えようとするんだけど、やっぱりそれもうまくいかない。
ドリーはそんな時、決まって「ごめんなさい、またやっちゃった?」なんて言いながら悲しそうな顔をする。

それがもうたまらなく愛おしくて切なくて……。とにかくベビードリーには泣かされまくった。

最高にハッピーな瞬間

ここからちょっとネタバレになるので、嫌な人は読まないでね。
……もうひとつ泣いたシーンがあったので、そこについて。

Finding Dory

Finding Dory

@findingdory

Families come in all shapes, sizes, and colors! #ModernFamily #FindingDory https://t.co/ctFPmTO6gD

それhドリーと両親の再会した場面。あれは泣く!たまんない!!

前作の「ファインディング・ニモ」はもちろん、本作でもとにかく楽観的で明るいドリーが「すぐ忘れちゃうから一人じゃ無理なの」と弱気になるシーンがあった。
でも最後には、彼女を信じて待ち続けた両親と同じように、ドリーがドリー自身を信じることができた。

もうとにかく最高にハッピーな瞬間だった。ボロボロ泣いたよ。

再会の直前にすべてを忘れてしまっていたドリーと一緒に観客も次の展開を指すコンパスを失った状態だったから、余計にカタルシスがあったように思う。素晴らしかった。

個性とは

この映画に登場するキャラクターは、とても個性的だ。

見た目も、性格も、それぞれ明確に異なっている。一本だけ足がたりなかったり、片方のヒレだけが小さかったり、極端に忘れっぽかったりと、ハンデを背負ったものも多い。そもそも海洋生物って種類もたくさんあるしね。

でもそれは魚だけに限ったことじゃないと思う。ドリーが迷い込んだナンヨウハギの水槽にいた群れがそうだったように、人間も一人ひとりたしかに違っている。特別でなくても、見た目や性格、仕草など、必ず個性というものは存在する。

ぼくは「みんな違ってみんないい」という言葉が好きだけど、それはベターであってベストではない。

個性は当たり前にある“違い”であって、“特別”なものではないのだ。

では、どうやったら“特別”な個性を獲得できるのだろう。

作家の小林秀雄という人が、こんな風に言っている。

“個性”というものは、必ず、努力の結果、そういう強制された個性っていうものを克服したものです。そんな風なものを乗り越える精神が、これが本当の“個性”なんです。

小林秀雄講演 第7巻 - ゴッホについて / 正宗白鳥の精神

ドリーは自分の個性と向き合い、それを克服した。乗り越えたからこそ特別に輝くのだ。

自信が持てないかもしれないけど大丈夫、君は特別になれる。自分自身と向き合って、自分自身を乗り越えよう。