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映画とドーナツ

怒りレビュー

投稿時間2016.09.22シェア数4

誰かを信頼する時、ぼくらは対価を求める。
勝手に「こうであるはず」と決めつけて思い込んだだけで、そこに”取り引き”がないのにも関わらず「信じていたのに」と怒るのだ。

また、信頼を求められた時、ぼくらは対価を支払う。
その人を疑い、裏切り、傷つけた時に「なぜ信じられなかったのか」と自らに怒るのだ。その”怒り”は重く、暗く、だけど美しい。映画「怒り」を観てそんな風に思った。

怒りとは

あらすじ

八王子で起きた夫婦殺人事件。蒸し風呂状態の現場には「怒」の血文字が残されていた。未解決のまま事件から一年後。千葉と東京と沖縄に、素性の知れない3人の男が現れた。愛した人は、殺人犯だったのか。それでも、あなたを信じたい。

「怒り」は、吉田修一氏の原作小説を映画化したもの。2007年に千葉の市川で起こった「リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件」を元に創作された物語だ。

吉田修一氏は、その事件や犯人にではなく、犯人(市橋達也)の顔写真を元とした目撃情報、通報があまりにも多いことに衝撃を受けたと話している

“顔が似ている”という理由で隣人を殺人犯かもしれないと通報する人たち。彼らがどういった人生を送ってきたのか、そこに興味を持ったのだとか。

劇中では、まさにその“疑惑”と“信頼”の間で揺れる人たちが描かれている。

あなたはその人を信じられる?

まさにこの映画の一番の見どころが、“疑惑”と“信頼”の間で揺れる登場人物の心情にあった。結末は登場人物ごとに全く違った形になるのだけど、それぞれに胸が詰まる。

重く、辛いラスト。ぼくは特に千葉県で描かれた物語の顛末に泣いてしまった。

千葉と東京と沖縄で同時に現れた素性の知れない3人の男、彼らのうち誰が犯人なのか、それとも誰も犯人ではないのか、もしかしたら同一人物なのでは……。観客は、終始そんな“疑惑”を抱えながらスクリーンを眺めることになる。

それぞれ、松山ケンイチ、綾野剛、森山未來が疑惑の男を演じている。劇中で公開される犯人の手配写真と見比べながら、この三人の顔をこれでもかと見つめた。

彼らはもちろん、キャストの演技がみな素晴らしい。出番は少ないのだけど、特に原日出子さんと高畑充希さんが光っていたように思う。

また、映像が綺麗で、場面転換も独特だけと自然。3つの異なる事件をスムーズにつないでいた。

沖縄の海が、痛いくらい美しかった。


物語の中に登場する手配写真。これが人によって全く見え方が違うというところも面白かった。

個人の主観によって世界は姿を変える。

それが自然な形でミスリードとなり、逃亡犯と共に事件とは関係のない二人の青年を描く。これがミステリーとして今までにない形を作っているのだ。

そう、ミステリーなのだよ、これ。ミステリーなのに後味が全然ミステリーじゃない。

居酒屋でオススメを頼んで、でてきた料理を食べながらクセがあるけど美味しいな、けっこうコッテリだったなって思いながらメニュー見たら「刺し身」って書いてた、みたいな。え、これ刺し身なの?でも美味しい、みたいな。

たぶん伝わってないと思うけど……。そんな印象だった。

“怒り”とは

犯人は何に怒っていたのだろうか。以下はぼくなりの解釈。

それは自分以外の人間に向けられると同時に、自分自身に向けられたものだったんじゃないだろうか。

自身が卑屈で、人を疑い、信じられずに居る人間だから、他人もそういう風に見える。腹の底ではみな自分をバカにしているに違いない。みな他人を見下し、利用し、軽蔑しているのだと思いこんでしまっていた犯人。

しかし、そんな自分が間違っているということもどこかで理解している。もっとうまくやれるはずなのに、卑屈な自分を捨てられるかもしれないのに、それをできない自分に対する怒り……。

これが犯人の抱える“怒り”の正体だったのかなと思った。

愛に対価は必要ないよね?

人を信じることに見返りを求めると、みんなが損をするような気がする。言葉にせず、無償で心の中に留めておくような感情が信頼なのかなと思った。

相手に「信頼しているからね!」なんて言うこと自体、信頼していないのと一緒だし。
けど、でも、難しいよ。信じることには犠牲が伴う。対価を払わなくてはいけない。
自分が傷つく覚悟が必要なのだ。……ぼくには無理。そんな覚悟できないなあ。


ATフィールド。ハリネズミのジレンマ。

結局壁を作っているのは自分だ。相手の信頼も素直に受け入れられない。
距離感もつかめず、勝手に傷ついて、傷つける。
だけど、大切なものは増えずに減るばかり。

自分の針の長さを見極めて、まずは自分と他人の間にある距離を分かろうとするところから始めよう。