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夢か現実か「インセプション」

投稿時間2015.10.19シェア数5
ずいぶん前に公開されたやつなんだけど、「インセプション」っていう映画を観た。当時話題になっていたのにも関わらず、なんというか、あんまり騒いでいると触れたくなくなるっていう例のアレ(ただのあまのじゃく)が原因で劇場まで行く気がおきなかった大作。でもぼく間違ってた。映画館で観ればよかった。失敗した。失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した失敗した!!無念。でも好きな映画だったので出会えてよかった。

夢の中の夢

映画「インセプション」は、現実と夢の中が舞台の物語。

あらすじは以下のとおり。

人が眠っている間にその潜在意識に侵入し、他人のアイデアを盗みだすという犯罪分野のスペシャリストのコブは、その才能ゆえに最愛の者を失い、国際指名手配犯となってしまう。そんな彼に、人生を取り戻す唯一のチャンス「インセプション」という最高難度のミッションが与えられる。

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主人公はあるトラウマと向き合いながら、現実と夢と、夢の中で見る夢と、さらにその先の世界とを行き来する。

主人公たちはその状況をよく理解しているようだけど、観ている方はとっても大変。めちゃくちゃ混乱するんだよね。

ぼくらはそのうち、主人公を含む仲間たちが今どの世界に居るのか分からなくなってくる。

さらに、その混乱は映画の外にまで波及してくる。トラウマが主人公に語りかけるように、現実と思っているこの世界は偽物なんじゃないだろうか?……なんていう恐ろしい想像をかきたててくるのだ。

もしかしたらぼくは今、夢の中に居るんじゃないかって。ちょっと怖い。

ストーリーは、主人公とトラウマの追いかけっこから、クロスカッティングによって怒涛のように折り重なるシーンの連続を迎え、観る者に判断を委ねるラストへと収束していく。

このラストまでのスピード感。勢いがよすぎてさすがに唸った。「おおおん」とか言ってたと思う。なんだか分からないけどスッとした。

判断を委ねるラストと書いたけど、そこはまぁ考えこむほど重要じゃなくて、それよりも大事なのは、最後の最後にやっと主人公が自分の人生を生きられるようになったことだと思う。

現実でも夢の中であっても、自分の人生を生きられるなら、それこそが特別で素晴らしいことなんだなって。そう思った。

現実と死後の世界

ぼくはキリスト教系の高校に通っていたことがあって、なので嫌でも聖書を読んだり賛美歌を歌ったりしなければいけない思春期を過ごした。

今となってはとても良い経験だったと思えるんだけど、当時は「宗教」の授業や礼拝の時間が嫌で嫌で……。べつに神様とか信じちゃいねーよ!キリストなんて知るか!って思ってた。

キリスト教では死んだら天国か地獄へ行く。仏教だったらなんだろ、天国が"極楽"になるのかな。

みんな死んだあとはできるだけ良い場所へ行きたいよね、じゃあ生きてる間は良いことしようねっていう、だいたいそんな感じの話をしてもらってた……ように思うけど違ったらごめん。

いずれにしろ、死んだあとも自分の意識やこの世界は続いていて、そこでなんだかよく分かんないけど色々な営みがあるってことなんだよね。

それってまるで、今生きてる現実世界が夢の中で、死んだ時にやっと目が覚めるっていう、それこそ「インセプション」の世界みたいでちょっと怖いなって思う。

この世界が夢の中だったら、いったいぼくは何を考えて生きたらいいのだろう。もっと好きにやっちゃってもいいんじゃないか?いや、目が覚めた時に良い思いをしたいなら徳を積まなければ……。

そんな風に色々考えて生きたとしても、死んだ後に目が覚めたら生きてる間のことなんか全然関係なかったりするかもしれないし……。

「インセプション」の世界は、そんな思春期に想像した記憶の断片をも呼び起こさせる。

ぼくは今、自分の人生を生きられているのだろうか。

誰かの人生を奪ってやしないだろうか。なぁ。