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ピンクとグレーレビュー

投稿時間2016.07.14シェア数4

友だち、恋人、あるいは自分の親であっても、自分以外の人間という意味ではしょせん他人だ。

相手の考えていることや意図を知ることはできないし、できうる限り想像したところでそれが正しいとは限らない。
それでもぼくらは、黒とも白ともつかない他人の頭の中を想像して、自分の好きな色で塗りたくる。

人間は理解できないものが一番怖いと言うけど、ぼくは少し違う思う。
ぼくらは理解できないものがどれだけ恐ろしいかを深く理解しているからこそ、そこに恐怖を感じるんじゃなかろうか。

その恐怖をごまかすように、カラフルに世界を彩る。
例えばグレーに、例えばピンクに。

ということで、映画「ピンクとグレー」を観てきました。

「ピンクとグレー」とは

映画『ピンクとグレー』

映画『ピンクとグレー』

@pinktograymovie

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あらすじ

大人気スター俳優の白木蓮吾が急死した。第一発見者は幼い頃からの親友で、同じ俳優でありながら全く知名度のない河田大貴。蓮吾に何が起きたのか?二人の出会いからこれまでを振り返りながら、“白木蓮吾の死の真実”を追いかける。

歪んだ青春映画

当時公開されていた予告映像は良くも悪くもかなり誇張されていて、例えば「開始から62分の衝撃」なんていうキャッチフレーズもそうなのだけど、そういう作品だと思って観賞すると逆に驚かされるような展開になっている。

叙述トリック的な仕掛けに注目してしまいがちだしそういう楽しみかたもできるのだけど、ぼくはミステリーでもサスペンスでもなく、ストレートに描かれた歪んだ青春映画として楽しめた。
白木蓮吾(ごっち)と河田大貴(りばちゃん)の関係性をもって、他人と自分の間に必ずある大きな隔たりを描いた物語だった。

青臭い思い出が蘇る

作品前半で描かれた“ごっち”と“りばちゃん”の関係がとても良かった。

りばちゃんは、なんでも器用にこなせるごっちに憧れている部分がある。

ごっちはイケメンで、女子にもモテて、決断力があって、多彩で、スマートだった。りばちゃんは彼と並んで歩きたいのだけど、親友という肩書きで彼の隣に立つことに対して、自分がどれだけ役不足かも自覚している。

ぼくは、そんなりばちゃんの焦燥感や嫉妬心に痛いほど共感できた。ごっちから向けられる「もっとがんばれよ」っていう視線が、どれだけキツいのもよく分かる。

反面、ごっちもりばちゃんを認めている。認めているというか、こちらも憧れに似た感情なんだと思うんだけど、りばちゃんの素直さだったり、良くも悪くも器用に振る舞えない性格をうらやましがっているように見えた。「りばちゃんみたいな奴が大事なんだよ」っていう台詞からそれを強く感じた。

その二人の気持ちがぐちゃぐちゃに潰れてしまってしていく様子は、甘くて苦い青春の味がする。

変なプライドを守るためにかいた恥、誰かを傷つけ傷つけられたこと、くだらないけど馬鹿みたいに笑った時間。忘れてしまいたくて忘れたはずだった青臭い思い出が次々と蘇ってきた。

前半はとにかくベタな演出が意図的にわざとらしく続くんだけど、それでもぼくにはグッとくるものがあったのでした……。

本当の自分とは

そんなベタ展開から、ごっちの死をもって物語が転換していく。

ここからはわりとダラダラしていたというか、仕掛け自体は面白かったもののスピード感がない印象。りばちゃんのダメな部分を繰り返し見せられる辛さが残った。

後半部分はわざと現実味を薄くしているので、得体の知れない絶望だらけの裏世界に迷い込んでしまったようにも錯覚させる。
見方によっては「ブラック・スワン」にも似ている。りばちゃんがごっちに同化してしまっているような、不思議な世界だった。

菅田将暉さん、夏帆さんの演技も素晴らしく、理解できない他人だらけな暗い世界の表現はすごく良かった。

特に印象に残ったシーンというか台詞があって、それが夏帆さんが放った「自分で自分のことが分からないのに、他人の本当の姿がわかるわけない」という言葉。

作品を通して、理解のできない他人だらけの世界で、そもそも他人とは分かり合えるはずなどないのだという真実を突きつけられたようだった。

自分の世界を好きな色で塗りつぶすのも、他人の考えていることを想像するのも、等しくこの世界では“しょーもな”い行為なのかもしれない。